妻の靴

靴1807

気が付けば7月も半ばに達しようとしている。なんだか雪崩のように終末へと時が動いている感じだ。四国、九州、中国各地に豪雨による川の氾濫、山の斜面の崩落で街が一面泥の海と化した。多くの犠牲者の七割が高齢者だという。じつに痛ましい。神のなせる業は私たちには判らない。それが良きことも悪しきことも判らない。すべては聖手の聖業の内なのだ。平安を祈りたい。
妻の居室に昨年9月28日に転居してきたときの靴がある。車椅子の生活だから再びこれを履いて歩くことはあるまい。だれもがそうお思うだろう。だからかたずけて家に持って帰ればと思う。しかしそれは敗北だ、巌流島での武蔵と佐々木小次郎との決闘のとき、小次郎は鞘を捨てた。武蔵は『小次郎破れたり』と叫んだという。靴を持って帰るということは、最早退所は出来ないということを僕自身が認めることになる。周りの人たちはどう考えているかは知らないが、僕は最後まで妻は我が家に戻ることの出来る日が来ると確信してる。周囲の嘲笑を買うかもしれないが、僕はそう確信したいのだ。そんなに足しげくホームを訪ねないで、せめて週に一日でもよいのではないかという声も聴く。いや少しでも傍にいてやり、刺激を与え体を触れ合い、たとえ理解できなくとも話かけてやりたいのだ。やはり靴は置いておこう。

聖餐式

2018年6月29日(金)180629.png
今年もそろそろ梅雨明け、垣根のノーゼンカズラ

6月27日に妻は訪問聖餐を受けた。三月に一度の得難い恵みの時であった。礼拝に出席できない妻は、訪問聖餐はなによりも大事な、また待たれる聖礼典である。牧師と執事の婦人ともう一方のご婦人の参加で僕たち夫婦を加えて五人だった。設備の良いホームだから周囲に気兼ねすることなく妻の自室で賛美をし祈り聖言葉を聴き、聖餐に与かった。
この日のために妻には新しい萌黄色のブラウスを買ってきた。カーディガンもほぼ同色だから、素敵なセンスの服装で聖餐式を迎えた。
ところがその数時間前、介護士のふとした過ちで(責めてはいない)右上の額に打撲を受けた。傷はみるみる晴れ上がり大きなこぶとなり、紫色に内出血した。看護師が駆けつけ取り敢えずアイスノンをタオルにくるみ、ちょうどターバンを巻いたような格好で聖餐式を迎えることになってしまった。
流石に配餐のときは一時的に外してパンと盃を受けることになった。パンは少し小さくちぎり口に含ませ盃が回ってきたとき葡萄汁と一緒にパンをふやかすような形で配餐を受けた。
勿論僕が介添えをしたが、口からこぼれ落ちそうになり、葡萄汁で柔らくなったパンをすかさず指で押さえ、僕が頂いた。捨てることは出来ないからだ。怪我のこともあり妻は終始硬い表情で無言で式に参加した。
終わって手作りのケーキでしばし歓談の時を過ごした。その時は、おとなしくこのその場を楽しんだようだ。ケーキを小さくちぎり、口に含ませると『もっと頂戴』と、かすかな聲で督促した。
皆さんが帰られた後、妻は介護士さんの助けを借り、ベッドに横たわった。少し疲れたようで、すぐに軽い寝息をたてて、休んでいた。僕はその傍らに寄り添ってやった。手にした本を読んでいると、妻はふと目を覚ました。『パパパパ』と静かに僕を呼んだ。『そばにいるよ』と答えると、『良かったパパはいてくれて』と言った。この種の会話が出来るのは、やっと心が落ち着いた証拠なのだ。帰りの送迎バスの時間が迫っていたが流石に帰り辛く後のバスにした、

オムライスの出来事

2018年6月24日(日)
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今から三年前の甲州へのドライブの途次、
とある山間のPAでの写真だ。
認知症はすでに始まっていたが、まだ会話も、歩くことも、食べることも健常者とは特段に劣っていなかった。ネフローゼの治療のためのステロイドの影響で、顔がふっくらしている。髪の毛も行きつけの美容院でいつも小ぎれいにお化粧していた。どこに行くにもそれがほんの近場の郵便局へ行くにもいつも一緒に行動していた。車のある時代で、300キロや400キロの長距ドライブにもご機嫌で助手席に座っていた。娘の学校への送り迎えは楽しみだったようで、夕食の途中で『そろそろ帰ります』という娘のラインに、急いで箸をおいて車へと真っ先に乗り込んでいた。ご飯時なのにといった不満は決して言わなかった。ある意味娘の送り迎えが楽しみの一つだったかもしれない。
ともかくドライブは楽しかったようだ。甲州に毎年必ず訪れるホテルがある。一泊二日で利用した。そこを足場に松本や長野に足を延ばした。あるとき甲府市にある山梨県立博物館でミレーの絵画を楽しんだことがあった。その足で甲府市内にある印伝の本店を訪ねた。コーラスの楽譜を折らずに入れる印伝の鞄を欲しがった。結構高いものだったが買うことにした。随分喜んでいた。こうしたドライブのなかで極めて印象に残る出来事があった。
中央道に団子坂というPAがある。そこで昼食を摂った時の出来事だった。テーブルを確保して何を食べたいかを決めた。オムライスが良いという。お店に注文してしばらく席で待っていた。出来上がったという合図で二人分のオムライスをお盆にのせて席に着く瞬間、オムライスの皿が滑り落ちて床に散らばった。隣に若い夫婦が子供ずれで座っていた。すかさずご主人が床にこぼれ落ちたオムライスをタオルでふき取り、清掃係りのおばさんを呼んでくれた。
お店は二人分を作りなおしてくれた。周囲の目は大丈夫かと好意的だった。周囲の方々にお礼をいって皿を返しにゆこうとしたら韓国(多分)の若いご婦人が持って行ってあげるからと英語で話しかけてくれた。見ず知らずの多くの方が我々老夫婦を気遣って助けてくれたのだ。会話がないと人の心は読めないのだ。良い思い出であった。

ジレンマ

2018年6月17日(日)
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昨年頂いた紫陽花を、庭の片隅に植えておいたら、結構成長し、今年は美しい花が咲き誇っている。なにも手入れをしてやらなくとも紫陽花は本分の開花をしっかりやり、梅雨の時に合わせて美しい姿を見せる。植物は勿論、神の被造物だが、手入れをしない人間に何も不平を言わずに、創造の神のご意思にそって自らの務めを果たすのだ。それから考えると人間は怠惰なもんだ。
妻の皮膚がんの治療は複雑な手順の塗り薬で始まったが、14日に面会に行ったとき塗布する場所が違っていた。ざらざらしているのでそこだろうと介護士の方が判断したらしいが、手術に立ち会ったとき、患部はもっと上の方だった。早速看護師の方を呼んでいただき、場所の確認をしたが、はっきりとはしなかった。塗られた場所は赤く変色していた。皮膚科の先生と確認して対処することになる。医者は常駐ではないのでこのような時は極めて不便である。
ホームに妻を訪ねて毎回思うのは、食事の供与、排せつの世話、定期的な風呂、日常の着替え、洗顔に歯磨き、投薬といった生活面での介護は完璧だろうが、機能的な訓練、つまり歩行能力の向上のための訓練、言葉のリハビリ、孤独に対しての精神的なケアーはとても十分とはいえない。それらは特養の果たすことの出来る行為ではないのだ。施設の機能上、果たせないのだ。それを責めるつもりはないが、ではだれがその勤めを果たすのかと問われると、家族しかないのではないかと思う。そこに出来る限りの時間を家族が寄り添ってゆくべき勤めがあると思う。勿論それぞれには家庭の事情がある。寄り添う時間が容易に得られないのも理解できる。だから結局成り行きに任せる以外に道はないということになるのだろう。
特養に入れば認知症が進行するということを聞かされたが、妻にはそのことがはっきりわかるのだ。では家に連れ戻せるかといえば、最早家庭では介護が出来る状態ではない。そこにジレンマがあり、辛さがあるのだ。許される限り、寄り添ってゆく時間をより多く求めてゆこう。

皮膚がん

2018年6月12日(火)
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NHKの画像から

このところ庭が荒れ放題。大きな梅の実が庭中に転がり落ち、朽ち果ててゆく。一昔前なら梅の木に登って丹念に採ったものだ。庭一面が草で覆われ、ドクダミが我が物顔で白い花を咲きほこらせ、庭の飛び石を覆うように青い葉っぱが茂るに任せている。妻が施設に転居してからは、庭もそうだが、リビングルームも雑然として潤いがなくなった感じだ。つまり家庭の温かみが感じられない環境になってしまった。観葉植物も最近までは部屋のたたずまいを明るくしていたが、その面影が消えてしまった。
結婚直後に妻が行商に来たおばさんから買い求めたモンステラが、二メートルほどに成長し、みずみずしいみどりの葉を茂らせていたが、ウッドデッキに放り出していたら枯れてしまった。63年の結婚生活の歩みと共にしてきたのに、なんとも残念だ。ところが最近根元から芽が出てきて青葉が育ち始めた。起死回生とばかり今は大事に育てている。
さて妻の健康だが、先に書いた皮膚がんの件はこの7日の担当医の説明で癌と判明した。
べセルナクリームという薬を処方された。これは面倒な扱いで、一日おきに週三回、一か月患部に塗布するのだが、毎回、夜には洗い流す必要があるのだ。一か月経つと次の一か月は塗布をやめ、また同じサイクルを繰り返すのだ。介護士の方も大変だと思うが僕は見守る以外に道はない。完治して呉れることを願ってやまない。
最近僕が体調を崩し、レントゲンやCTでの検査を受けた。心臓が二年前に比べて肥大していることが判った。今のところの診断は心不全だそうだ。しかし肺にガラスの粉のような異質なものが見えるそうで、その原因を今後突き止めてゆくことになった。幸い肺がんではないらしい。お陰で週に一回担当医の診察を受けることになる。時折37度を超える微熱が出る。家族は週に三回もホームに面会に行くことで疲労が蓄積しているのではないかと危惧してくれている。しかしこればかりはやめたくない。少しでも多くの時間を妻と共有してやりたいのだ。
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