補聴器

2015年10月28日(水)
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10月25日の礼拝堂飾花

27日にかねて院内紹介を受けておいた耳鼻咽喉科に妻を連れて行った。その日は8時30分に精神科、9時に皮膚科、その後に10時に耳鼻科という次第だった。各科とも時間通りには運ばないから耳鼻科に廻ったのは10時を遙かに過ぎていた。妻には耳鼻科のことは事前には話しておかなかった。理由もわからぬまま耳鼻科の診察の時間になった。最初に聴力検査があってそれをもとに診察を受けた。僕はてっきり難聴と診断されると思っていた。医者曰く『二年前よりむしろ結果は良いですよ・・・・』なにッと思った。日常の会話は明らかに聞こえないから大事な話は大きな声で話さないと聴き取れない。家族との通常の会話には入って行けない。だのになぜ二年前より聴力検査結果が良いのだ。そんな馬鹿な。医師には縷々日々の状況を説明したが,医者曰く『補聴器は安価なものでないし本人が好まない物を(つまり必要を感じない)無理矢理に付けさせても意味がない』という宣告、確かにそうだろうが検査結果は良いとはどういうことだろうか。医者は『聞こえないのではなく理解出来ない脳障害(アルツハイマーによる)があるのではないか』という。確かにニュースの内容やドラマの内容やあるいは教会での説教の内容など理解力が必要とする物なら解らないでもないが、日常の会話は理解力以前の問題ではないか。なぜ医者はもっと親身に考えてくれないのか。議論しても無駄だだから補聴器問題は考えて見るということで引き下がった。聴力検査で適当にボタンを押したのではないかと勘ぐるのだが、データーが唯一という医師の信念からはこの種の疑いは無意味なんだ。日常の生活からの経験では絶対に難聴なのだがデーター主義の医者は聴く耳をもってくれない。診療費のみが浪費された思い。
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