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大山鳴動鼠一匹

2016年12月1日(木)
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今年のゆず

昨年なみに柚が実った。教会の今度の主日にでも持って行こう。
さて、妻の健康のその後だが、肺炎を憂いて抗生物質の投与等医療としての対策が講じられて来た。抗生物質がきれたあと、どうなるかが経過観察の重点だった。二日前に抗生物質はきれ、今日に至っている。喀痰は相変わらず出来ないが、熱もなく平穏だ。ただしきりに寒さを訴えて止まないが、寒い環境ではない。昨夜は小刻みに震えながら寒さを訴えていた。日頃の訴えかたとは些か違うので、訪問看護ステーションに電話をした。長々と話したが正直に言って価値ある応答ではなかった。言ってみれば緊張すべき特段の兆候ではないということだろう。熱はないが問題は食欲だ。昨夜は全く手を付けなかった。只管、水分を摂らすべく努力している。肺炎への移行はどうやら避けられそうだ。そうなれば将に大山鳴動鼠一匹ということか。
たとえそうであっても、肺炎が避けられたことは、よしとしなければなるまい。金曜日にはシャロームのデーサービスがある。これは行かせたい。僕が楽になるということではなく、日がな一日椅子に座っているよりは刺激があるだろう。それが大事かと思う。12月の下旬には二泊三日のショートステーが予定されている。
さて、このショートステーだが、僕と二人で、しかも個室で過ごすことは如何なものかと思う。将来のための経験、ということであれば妻が一人でショートステーの経験を踏んでこそ意味があるのではないかと思うのだ。だが実際はどうか。
妻の性格を最も深く理解しているのは誰よりも僕なのだ。七年間の恋愛期間、そして六二年間の夫婦としての歴史は誰よりも妻を知る歴史なのだ。僕が健在の間に妻が一人でホームに入ることは絶対にあり得ない。最も認知症がさらに進行し、自分自身の存在すら判らなくなった時、あるいは一人でホームに入るかも知れない。それは言葉を選ばないなら厄介者をホームに入れるということなのだ。それは僕は嫌だ。前にも書いたとおり、社会人としての僕の働きの間、家を立派に護り僕を支えてくれた、さらには、三人の子どもを育て上げてきた働き、六五歳に社会人から牧師に転じた僕の人生をどれほど真摯に支えてくれたことか、その妻が手に負えなくなったということで施設に放り込む(表現が妥当でないかも)ことが誰が出来るのか。僕は絶対出来ない。この家でこの家の環境の中で妻を僕が介護するのだ。その意味ではショートステーの意味は価値あるものと評価できるだろうか。厄介者ではなく、素人では最早介護の限界があるという声も聴く、なお熟慮すべき課題であろう。/span>

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