追悼日の子

2018年2月14日(水)
無題
1984年11月24日に、私たちの長女『日の子』が自動車事故で天に召された。
28歳だった。この事故は妻が運転する車が、トンネルの中で対向車線の車と正面衝突によるものだった。これは妻にとり消え去りがたい心の傷である。今年で34年になろうとしているが、その傷は未だ癒えるものではない。ただ主イエス・キリストの恵みの中にあってのみ、人知れず癒されてゆくのだ。なぜ今頃このことを記事にするのかというと、一月の半ばに神戸にお住いのある方から電話があった。実に六十数年ぶりの電話だった。妻の同窓生で青春時代、僕もよく存じ上げている方だ。今回の施設への転居に伴う妻への問安であった。一時間に及ぶ長い電話だった。意外と僕はいら立つことなく、じっくりと語り合った。その中で『日の子』を自分の過失で亡くされた妻の痛みはどれほどのことかと語って下さった。その時、『日の子』の追悼集をお読みいただいたかと伺った。まだだということで、早速その追悼集をお送りした。上の写真がそれである。先日礼状と共に返却されてきた。この機に僕はこの本を読み直してみた。自分で言うのもどうかと思うが、実に良くかけている。
余談だが、当時この本が僕たちが知らない間に、アメリカと英国に送られていた。友人の誰かが送って下さったものだろう。アメリカの日本人教会から連絡が入り、証と説教を頼まれた。
すこし本論から外れたが、それほど多くの方々に感銘を与えたのだろう。
当時お世話になっていた教会の方々がどれほど『日の子』を支えて下さったか、昨日のように思い出される。また中学校、養護高等学校との日々の先生とのノートの交換の内容は、そのご指導に頭が下がるほどだ。
教会員の『M』さんが『日の子』が奉仕していた古切手の収集のために、毎日のように短いメモを添えて送ってこられたのはこの紙面では説明しきれない感謝であり感激である。独りよがりの説明では到底ご理解頂けないかもしれない。
バロック音楽を愛した日の子はなかでも『パッヘルベルのカノン、パッヘルベルのジーク、アルビノーニのアダージョ』がこよなくすきだった。手元には多くのクラッシックのLP盤がある。最近はCD盤を聴かず、専らレコードをかけている。今になって亡き『日の子』を思いだし心を痛めている。
さて長々と書いてきたが、妻のことである。施設にインフルエンザが蔓延し、面会がここ十日ほど禁じられている。幸い妻は罹っていないようだ。なにか変化があれば必ず連絡が娘に入るので、連絡がないのは平穏なのだろう。
いろいろ意見があるようだが、家族のこまめな面会が何よりのケアーだと信じている。一対一で介護しない限り、どれほど真摯に誠実に愛をもって介護士の方々が妻に接して下さったとしても限界が自ずとあるのだ。それを埋めてゆくのが家族の面会ではないか。僕は妻の夫なのだ。64年間苦楽を共にした掛け替えのない妻なのだ。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

yeti0328

Author:yeti0328
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード