寂しさより辛さ

2018年3月6日(火)
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さくらんぼうが実る庭の桜(2014年の写真)

さくらんぼうの桜は河津桜と同じで、そめいよしの桜より満開が一月以上早いようだ。
最近はなぜか意欲があまりわかない。多少健康に不安があったので、とある病院で大腸の内視鏡検査を受けた。胃の内視鏡検査は医者の薦めで一年に一回の経験はあるが、大腸の検査は生まれて初めてだった。初めてだけにいろいろ驚くことが多かった。検査前に五時間の準備が必要なのにも大変な忍耐とそれなりの努力が必要なことを経験した。娘が検査結果の診察まで付き添ってくれた。四人が一組で準備の段階に入ったが。付き添いは僕だけだった。聞けば他の方々は毎年のベテランらしい。
検査結果は小さなポリープがあり生検のため切除したという。痔があることがわかった。痔というものは肛門になるものと理解していたが直腸の出口にあるものらしい。格別今まで痔で悩んだことも治療したこともなかったが、あまり悪さはしていないようだ。立ち仕事の人に多いという。医者は牧師には有り勝ちだという。講壇に立つことがその原因らしい。ともかく大腸には悪質なものがなかったらしい。
もっとも今は妻を置いては死ぬわけにはいかない。神のご計画は計り知ることは出来ないが、妻に先立つことも含めて万事が益となさる神のご計画に従順でありた。
さて冒頭に書いた意欲がわかないというのは、あながち肉体的な健康の仕業ではなさそうだ。目にも見えるものでも肉体的に感じるものではなく、これは只管精神的なもの、つまりメンタルなものなのかも知れない。先日神戸の友人からメールが来た。寂しいでしょうと慰めてくれた。僕は寂しくないというのはうそになるが、それよりも辛いのだと返事を打った。妻のためにカードを贈るからホームに届てほしいという。近況を伺ってくれているのだが、文面からすると僕は月に一度か、せいぜい一週間に一度程度面会していると判断しているようだ。それが普通なのだろう。僕はとてもそのような悠長なピッチでは安閑としておれないのだ。ホームの意向もあり、今は週に二回に抑えているが、毎回辛さを味わって帰ってくるのだ。それはいとも哀れな妻の生活を目の当たりにしてだ。介護に不満があるのではない。福祉事業に痛みを感じない政治家(特に自民党の政策)の貧困さが、妻の日常に表れていることに辛さを感じるのだ。そのことが僕の意欲に衰えを感じさせているのかも知れない。

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