FC2ブログ

有り難うございます

2018年8月3日(金)
無題
2017年3月頃シャロームにて

衣笠ホームに転居するまでは、走水にある特養のシャロームで、デーサーヴィスやショウト・ステーにお世話になっていた。それは倒れる昨年の8月まで続いた。シャロームはセブンスデーズ・アドヴェンチストの宗派が活動する特養である。我が家からは近く、東京湾を一望できる高台にあり、遠く富士を眺望し、馬堀海岸の緩やかな海岸線の曲線が特に美しく見下ろせる。その頃は、まだ足もしっかりしていた。僕の腕にしっかりと手をとおして、ゆっくりではあるが、近場はどこへでも歩いてくれた。まだ車に乗っていたころだから、機動力もあった。
ブログも気が付けば八月になっていた。気力の衰えと思いたくないが筆が進まないのだ。
特に最近は身辺の整理に多くの時間をとられている。いわゆる断捨離という奴だ。週の内三回は妻を訪ねて衣笠ホームに行くので断捨離も容易に進まない。
日曜日は教会の礼拝、水曜日は祈祷会、その間を縫ってのホーム通いだから進まぬのも道理かもしれない。
前から気になることがある。ホームを訪ねると職員の方々の挨拶は決まって『有り難うございます』なのだ。帰るときも『有り難うございました』なのだ。これは最近のことではなく転居以来変わらぬご挨拶なのだ。廊下を車椅子を押しながら散歩させていると、すれ違う職員(ケアマネ、看護師、介護士)の皆さんが何らかの挨拶の後、必ず『有り難うございます』なのだ。
世話になっているのはこちらだから、本来こちらが礼を言う立場なのだが逆なのだ。仮に入院している病院ではどうだろう.か、経験ではまずそのようなことは聞かない。なぜ『有り難うございます』なのか。
最近考えたのだが、面会することは職員の皆さんにとっては手助けになっているのだと思う。つまり介護士としては利用者と肌で触れ合う時間が、限られた人数では限界がある。それを補ってくれるのが家族が利用者との面会の時間なのだろう。転居の当初のオリエンテーションでは、面会は毎日では困る、せめて一日おきにしてほしいと言われた。それは介護士たちとの人間関係を阻害しかねないからの配慮だったらしい。でも今は違う、週三回の比較的頻繁な面会でも、『必ず有り難うございます』なのだ。一日にほぼ七時間を妻と時間を共有するだけでも、特養としての介護の活動に寄与しているのだと思う。受付の事務方の挨拶も『有り難うございます』なのだ。つまりこれは介護にあたる職員だけでなく、施設全体の活動機能としてもありがたいことなのか知れない。
懸念していた日光顔面硬化症は特別な治療の効果は皮膚科の医者のコメントでは順調に効果が表れているという。皮膚がんには進行しないだろうという。だがしばし薄氷を踏む思いだ。

コメントの投稿

非公開コメント

プロフィール

yeti0328

Author:yeti0328
FC2ブログへようこそ!

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QRコード