亜鉛の補給にココア

2017年7月10日
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九州地方に未曾有の豪雨が襲い大災害が起こった。この猛暑に家を失い、失わないまでも泥水に家が浸かり被災者の皆さんのご苦労はいかばかりか計り知ることが出来ない。あまつさえ親・兄弟・友人を喪った悲痛さは到底我々の理解出来ることではない。只管天父の慰めを祈るのみである。
妻は今日から金曜日までショートステーのお世話になっている。迎えの車に乗せるのは相変わらず細心の心配りが求められる。いつの日か素直に応じてくれるようになるか願うのだが、一面それは全く事態の何かを理解出来ない時だとすれば、矛盾するようだが今のようにショートステーやデーサービスに抵抗をもってくれた方が良いと思うのだ。先月の末から訪問診療に切り替えたが、主治医は食欲がないのは亜鉛の不足によると施設に報告しているようだ。今日そのことを施設のご担当から聞かされた。処方されている薬はそのことを考慮しての内容だそうだ。それに伺うところによれば、亜鉛を補うにはできるだけ高級なココアが良いという。もともとチョコレートは好物なのでココアを飲むのは抵抗がないだろう。ココアを求めて亜鉛補給の対策をこうじてみよう。

ショートステー

2017年6月27日(火)
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このところ妻のショートステーが比較的頻繁にケアーマネージャによって計画されている。
今回も昨日から今週いっぱいショートステーとして特老の施設にお世話になっている。従来からショートステーについては事前には妻には知らせていない。事前にその予定を知らせると素直に受け止めてくれないだろうという危惧からである。今回もそうであった。予定の時間に電話が入りこれより迎えに行くと施設から連絡が入る。そこで妻を促して玄関で身支度を調えて到着を待った。やがて呼び鈴が押され、促されるように玄関のドアーを開けた。至極明るい声で『おはようございます。宏子さん・・・・』と、ケアーワーカーの方が挨拶された。
妻にとっては突然のことであった。妻は事態を理解出来ず、『あなたはどなた????』と怪訝そうに応えた。初めてそこで僕が『これからシャロームに行くんだよ・・・・』と告げると、一体そこは何処か、何故行くのか、何も知らされていないと、矢継ぎ早に少々怒りを込めて僕に問いただした。
『僕も一緒に行くから兎も角車に乗ろう・・・・・・・』と、何とか言い聞かせて迎えの車に乗った。車の中では施設に着くまで『何処に行くのか、何しに行くのか』と僕の手に鋭く爪を立てて不満を顕わにした。施設についても、出迎えたチャプレンや施設長を前にして『ここは何処か、何故こんなところに来るのか、嫌だ、帰る・・・・・』と鋭く不満を訴えた。僕は頃を見て妻にはきづかれないように退散した。
さて、このような事は毎回だが、果たしてこの対応は良いのだろうか。やはりハッキリと事前に話すべきか否かが問われるのだ。施設側としての意見は利用者により様々だが大方は反対されるが、事態を認識できない方々はおとなしく連れて来られるという。これもある意味憐れなことなのだ。だからといって妻に事前に話しても快く受け止めてはくれないだろう。
いや絶対受け止めてはくれない。施設の経験としては、たとえはじめに手こずっても、少し時間が経てば忘れてしまうので、施設の環境に順応するという。それも何か憐れだがそれが認知症患者の実態なのかも知れない。
つまりはことの次第は理解出来ないから(ショートステーが介護に必要な行為の一つということが理解出来ない)事前に知らせてもことが穏便に収まるとは限らないということになる。では何事も良かれということも事前に知らせず実行に移すということが、やむをえないということなのだろうか。課題は複雑だ。

在宅診療へ

2017年6月14日(水)
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二年前の雄姿 中央道のとあるPAで

この頃は元気だった。僕の車の助手席にちょこんと座って何処にでもついてきてくれた。60年近い車の生活が身についていて、出かけるのはたとえ近場でも車と決まっていた。中央道も、東名も、常磐道も、東北道も、関央道もまるで自分の庭のようにドライブしたものだった。
昨年6月以来車は長男に譲り、僕はハンドルからは手を洗った。でも妻は違う、どこに行くにも『私の車は?』と聞く。憐れだ、切ないのだ。
2000年のオーバーアマガウでの受難劇、エルサレムを中心の聖地旅行も、死海で浮かんだことも、ガリラヤ湖の真ん中で礼拝を献げたことも、ロンドンでスリに遭ったことも、スコットランドで古城ばかりを車で訪ねたことも、シアトル、ニューヨーク、ヒュ-ストン、サンフランシスコ、サンアトニオ、グランドラピッツ思い出せないほど多くの地を元気に訪れたものだ。それは妻の颯爽たる姿であった。今は衰えて全ての能力を神様に返してしまい、手にはなにも残っていない。体重は40キロ割ってしまった。大病院での受診も体力的に難しくなり、在宅診療に切り替えた。出来うるかぎり僕の手で介護をしたいがそれも限界が来るのかも知れない。子供達はもう限界が来ていると言う。僕の背中が丸くなり正面から見ても背中が見えると牧師は僕の衰えを憂い介護の限界を示唆した。在宅診療は6月21日訪問を受け、今後は第二、第四の土曜日の午前11時と決まった。このブログはあまりにも過去に固執してしまった。過去には栄光がない、未来にこそあるのだ。判っておりながら、このていたらくだ。我ながら情けない。

心の底にあるもの

2017年6月10日(土)
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一昨日8日の木曜日に11日間のショートステーから帰ってきた。すごくご機嫌だった。ケアワーカーに送られて玄関に入るとき満面の笑顔で『ありがとございました』と挨拶をした。僕はその光景をみてホッとした。ショートステーでいろいろなことがあったであろうが、その集大成がこの笑顔と挨拶だ。この平穏が続くものと期待していた。
しかし事実はそうはいかなかった。(ここまでで筆を止め、このブログは今日13日に再び筆を執った)夕刻になり例によって『家に帰る』と言い出した。この言葉が出ると毎回対処に困惑するのだ。妻の頭の中には神戸の里の家が妄想され半世紀前に亡くなった母が待っているという。しかもその住所は現在の横須賀なのだ。夕飯を食べてからと、何とか引き延ばし記憶から消え去るのを待った。しかしやがてトイレの頻繁な要求が始まった。すでにこの詳細は書いたから省くことする。ただ『家に帰る』とかトイレ要求は何かの訴えのサインだと考えられるのだ。それが何か、解明することが今後の介護の上に必要な大きな課題ではないだろうか。先にも書いているとおり表記の日取りとは異なり13日の今日キーを叩いている。そこで14日(日)の出来事に触れておきたい。当日の主日礼拝は教会学校の子供達との合同礼拝だった。従っていつも座る席の位置も変わったし、礼拝の雰囲気もいつもとは違った。
妻にとってはこれらが精神的に不安定を呼び起こしたようだ。礼拝が終わるやいなや、食事も摂らず教会を後にした。家での昼食時にトイレ要求が始まった。それこそ一分おきといって良かった。家に帰るということも言い出した。あまりにトイレ要求が激しいので『もうしばらくトイレは休もうよ』と語り口に十分に配慮しながら言った。そこから暴力が始まった。抵抗は出来ないからひたすら防御一方だった。殴ることが出来なくなると、手当たり次第ものを投げつけてきた。テーブルにある砂糖のガラスの入れ物をわしづかみにする。投げられると部屋中が惨憺たるものになる。大声を上げれば二階の娘達の家族に迷惑がかかる。抑えた声で止めさせようとするが聞くものではない。砂糖の入れ物は収まったが、紅茶の入っているコップの中身をぶちまけ。僕のワイシャツが紅茶でそまった。そのうちに金属製のメジャーカップを投げつけ僕のこめかみを直撃した。危険を感じて寝室に退避した。そこでも物を投げつけその一つが眉間に当たり大きく腫れ上がった。
娘が部屋の入ってきて優しくなだめてくれた。僕が髪の毛をひっぱたtのだと娘に訴えた。それはあり得ない。上手く会話を受け止め優しく話し、相手になってくれてやがて収まった。眉間は腫れあがり内出血をした。いつの間にかトイレ要求は消え平穏になった。翌日15日にシャロームからショートステーのための迎えが来た。僕の傷を見て驚き医者の診察を受けるよう厳しく薦められた。さて先ほどの話だが、トイレ要求、帰宅願望、それに暴力、そのそこに潜む妻の要望は何か。専門医とも相談したい。

自宅診療

2017年6月3日(土)
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とうとう六月に入った。2017年も半ばを過ぎようとしている。何事につけあまり時間がなくなった。この、先行き短い人生で、認知症の妻とどう関わって行くか、結構大きな課題なのだ。
先月の31日にケアマネとショートステーでお世話になっているシャロームの副主任がお越し下さった。客観的にみて、ここ二・三ヶ月で、めっきり体力が落ちているということだった。確かに家庭でもその兆候が明らかにみられる。ではどうするか、結論として現在診療を受けている横須賀共済病院での診療を止めて、自宅診療に切りかえてはどうかということになった。つまり往診を受けることなのだ。実はそのようなサービスをする医院が横須賀に21もあるのだ。リストを頂いて驚いた。しかも24時間体制なのだ。その中で立地と評判を考えて二つの医院を推薦して頂いた。万事は現在の横須賀共済病院の主治医の了解を取り、紹介状を頂くことだ。早速一つの医院に電話をした。電話を受けられた方から、的確な、しかも細部にわたった質問を受けた。横須賀共済病院からの紹介状が届けば往診に行くという次第だった。腎臓内科の問題もある。どのような選択がベストであろうか、しばし熟慮しよう。
明日はペンテコステだ。
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