言葉

2018年1月25日(木)
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春を待つ庭の梅の木に羽を休めるキジバト</span>

前回のブログにも書いたが、最近の妻はいくらか脚力が備わったようで、トイレの時もおむつを取り替える介護士さんの声掛けに、しっかりと体を支えるようになった。車椅子も一人で両足を使って前進や後進が結構な速度で廊下や食堂を動き回る。そうしたことが本人にとっては良いことだろうが、逆に危険を招く。今回も食堂のテーブルを支えに立ち上がろうとしたらしいが、床の上に転んでしまった。運悪く介護士は他のユニット(居住区)に出ていたので、転んだ状態のまましばらくして発見されたという。幸い今回も怪我はなく事なきを得た。身体機能の回復を願うとともに、多少の危険は覚悟せねばならない。
言葉というのは余程注意して用いなくてはならない。自分では全く相手を責めているのではないが、相手にとっては責められているように受け取る場合もある。身内同士であってもそうだが、まして他人である介護士に対しては細心の配慮が必要だろう。言葉に注意することも大事だが、信頼関係を構築することも大事だ。あの人に限っては責めるような人ではない、という信頼関係だ。信頼されないのも責任はあるだろうが、そこは真の性格を理解し、信じ、あの人に限ってという信頼関係がしっかりと確立される以外には、言葉によっての誤解は避けられないだろう。懸命に奉仕をされる数少ない介護士の方々に対してはなおのことだ、

深層心理に憎みがあるのか

2016日1月15日(月)
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野鳥の会より

先のブログにも書いたが、施設のインフルエンザのための面会禁止は九日で解かれた。
ここのところ隔日の面会は週に二回くらいにおさえている。会ってやれないと不憫だが、さりとて頻繁に会うことは介護士の皆さんとの人間関係に阻害をきたすことになるようだ。できるだけ声掛けをし、肌で触れ合う機会を多くしようと努めておられる介護士の皆さんの努力を、結局は阻害している結果を招きかねないということなのだ。昨日介護士からいろいろお話を伺った。最近は妻の脚力が少しずつ強くなってきたようだ。そういえば車椅子に座っている妻は、自分の足で(手でホイールを回すまではいかない)床を蹴って前に、後ろにと動かすようになった。先日、妻から4・5メーター離れたところで、後から見守るのだが、曲がり角も、出口のところも上手く操作して進んでゆく。その時だが、向こうから入ってこられた介護士の方が妻だけの車椅子に驚かれたが、やがて後ろに僕がいるのをご覧になり、安心されたことがあった。かように脚力がついてくると自分で立ち上がろうと試みることが多くなりそうだ。
四・五日前にベッドから落ちていたことがあったようだ。この際は幸い傷は負わなかったようだが、このような次第で介護士から、十分気を付けているが立ち上がろうとして転び、けがをする場合があるかも知れないが、事情をご賢察頂きたいという旨のお話を受けた。もっともであろう。僕は拘束をしてはと伺ってみたが、ホームの方針として拘束は禁じられているそうだ。
車椅子が少し大きのに変わった。すぐに前にずり落ちる傾向にあるので、シートベルトをしてはと伺ったが、これも拘束になるのでダメだといういう。
さて題名に即した記事をとキーを叩いたが前置きが本論のようになった。実は妻に会うと、必ず『パパ・・・・・』と言って手を差し伸べてくれる。『元気、寂しかった・・・・・・・』と聞くが、もちろん的確な返事は期待できない。それでも介護士の方に言わせると、最近は比較的長いセンテンスが言えるようになったっという。声はまだ音声としてはかすれた声で正常ではない。立ち上ろうとすること(先に述べたように)も語ることも徐々ではるが進歩しているようだ。
しかし、しばしば僕に殴りかかったり、肌にひどく爪を立てたり、唾を飛ばしたり、眼鏡をもぎ取ったリする。その時の目は明らかに怒りの目なのだ。介護士にはあまりそのようなこともなく、娘が訪れた時も娘に対してそのような行為はない。娘の見解では深層心理には僕が嫌いなのだという。それが正直に表れてくるのだという見解だ。
何が嫌われている原因なのか。結婚以来64年になる。健康な時、どこに行くにも(妻の趣味に出かけることは別にして)僕たちはいつも二人は一緒だったし、教会も、買い物も、散歩も、観劇も妻が一人で行くことはなかった。だが何が妻の心に、深層心理に、僕を嫌うものがあるのだろうか。それはキット、僕が一人を楽しむために施設に入れた、という思いだとおもう。それは僕が会うたびに、出ない声を振り絞るように『帰りたい…』ということばに代表される。
辛い言葉だ。できれば帰してやりたい。再び老々介護をしてもよいと、激しく思うこともある、
妻の怒りは現実を判断できないまま、僕への怒りだけが心を占有しているに違いないのだ。

福祉行政の貧困

2018年1月8日(月)
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甲州へのドライブの車中から

新年になって初めてブログに向き合った。気乗りのしなかったこともあるが、何か落ち着かないのだ。一つには妻が居住している特別養護老人ホームがインフルエンザが蔓延し全館で面会が禁止されていることもある。妻に会ってやれないのだ。さらに加えてこの三日に自室で仰向けに倒れていたのを介護士が発見し、頭部に裂傷を被っていたので、病院に救急搬送された。連絡を受けて病院に駆けつけたが、頭部の傷はホッチキスで縫合され、さらにレントゲン、CT,エコー、血液検査を受けホームに戻った。
面会が出来ない期間であったので僕はそのまま家に戻った。娘婿が終始同行してくれた。面会は九日に解禁される予定で今朝ホームに連絡したが、現状では予定通り面会禁止が解けるかどうか判らないようだ。明日の朝の連絡を待つことになる。
福祉行政の貧困で福祉には十分の予算がつけられない。従って懸命に奉仕をする介護士の給与は薄給だ。だからなり手が少なく、介護士の数はどこも少ないのだ。今回の妻の事故も、言ってみればその原因はこのことにつきる。発見が遅れたことはホームとしては責任がある。しかしそれを責めるのは道義的ではない。十日に抜糸が病院で行われる予定で、当日立ち会うことになっている。政治的なことは言いたくないが、軍事費の一割でも福祉に回してくれたらどんなに明るい日本になることか。

哀れな大晦日

2017年12月31日(日)
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今日の主日礼拝は僕の礼拝説教だった。散々の出来だった。原稿は勿論完全原稿で臨んだのだが、途中でよく見えなくなり半ば記憶に頼った。したがって論旨が乱れ散々だった。
妻の施設がインフルエンザが蔓延し、1月8日まで外部との連絡は禁止され面会は八日まで禁止された。不憫でならない。完全介護とはいえ環境は家庭とはまったく違う。確かに風呂、排せつ、着替え、食事の栄養管理などなど家庭では十分対応できないことを完全にやっていただける。だからよいというものではない。
今日は大晦日で娘の家庭と一緒に夕食をともにし明日も一緒に食卓を囲む予定だった。ところが娘が体調を崩し救急外来に行ったところB型インフルエンザと判明、ダウンした。したがって独り身の年末年始となった。今は第九を聞きながらキーを叩いている。紅白歌合戦は毎年見ない。なんだから僕のセンスにあわない。それに今どきの歌は歌と言えるかとおもうほど僕の感傷には合わない。発声も何もあったものではない。絶叫しているにすぎない。とまれ今夜は最悪の大晦日そして明日は最悪の正月だ。

古いレシート

2017年12月28日(木)
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庭に来たメジロ(孫の作品)
今年もあと残すところ三日となった。31日は今年最後の日曜日で、その日の主日礼拝説教を奉仕することになっている。久し振りの奉仕である、釈義から黙想、そして説教にとりかかる。僕は怠惰だから、日頃はあまり勉強しない。そんな僕に神は学びの時を与えてくださったのだと感謝している。およそ7500字の原稿を書き上げた。あと二日間で見直すつもりだ。それはさておき、妻のことである。19日の日に娘と僕が妻の入っている施設から呼び出しがあった。娘の仕事の都合で夕方四時過ぎから、ユニット(居住区)のリーダー他それぞれの責任者と看護師があつまった。現在の生活状況、施設への妻の順応性などが報告された。次に僕が妻に面会に行く影響について意見が出た。その頃は一日おきに朝十事半から夕方七時半ぐらいまでおよそ十時間ぐらい居ることになる。一日おきにきては妻が実際に世話を受けているいわゆるケアワーカーとの人間関係が阻害されるというのだ。確かにそうかもしれない異論はあるが僕はおとなしくその意見に従った。従って今は週に二度、面会している時間は、朝の送迎バスが着く午前十時過ぎから帰りの送迎バスの五時十五分で帰ることにしている。しかし実際は辛いのだ。ただ一人でなすこともなく過ごしている。周囲の利用者は皆さんそれぞれに障害をお持ちだから平常な人間関係など生まれるはずがない。しかも妻は言葉を失っているから正常な会話などできない。せめて僕がおれば、車椅子で館内を見て歩いたり、天気が良ければ施設の敷地に外の空気を吸わせてやれるのだ。『施設にお入りになって良かったですね。ホッとされたでしょう』とよく挨拶を受ける。心の中では冗談じゃないとつぶやくのだ。
この間、書架から資料取り出した。そこには偶然2004年12月22日のレストランのレシートが挟んであった、それぞれ注文した食事が打ち込んであった、元気だったんだ。としばし感傷にふけった、過去を振り返っても実りはない。当然そうだろう。でも生き分かれている身になってほしい。平然とできるのは妻を愛していないからではないか。

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